INSIDE OCEANS

大ケガによる初の手術とリハビリ、祖母の他界……。度重なる不幸を乗り越え、完全復活を果たしたオーシャンズの生え抜き選手・八木聖人。

2020.06.23

インタビュー

  • twitter

  • facebook

PHOTO BY

名古屋オーシャンズ

2019年3月、八木聖人はどん底にいた。

シーズンを締めくくる大会・全日本フットサル選手権の準々決勝で負傷した八木は、右膝外側半月板損傷と診断されキャリアで初の手術と全治6カ月を要するリハビリを余儀なくされた。

「今まで大きなケガをしたことがほとんどなかったので、想像できませんでしたが思っていたよりもつらかったです」

八木は2018/2019シーズン第32節の湘南ベルマーレ戦では高いパフォーマンスを発揮して6-2の快勝に大きく貢献。2週間後のプレーオフ決勝第1戦ではスタメンとしてピッチに立っていた。

代表活動にもコンスタントに呼ばれ始め、これからというときの大ケガだった。

公私共に最高だった中で訪れた悲劇


「術後、麻酔が切れてからがめちゃくちゃ痛くて、地獄のようでした。『人生でこんなに痛いことがあるのか』と……」

2月に入籍をしていたため、シーズンオフには沖縄で結婚式が控えていた。「酷い歩き方でしたけど、松葉杖なしでゆっくり歩いて行いました」。と、半月板を11針も縫う手術を行なってすぐに行われた式のことを、今では笑いながら振り返る。

しかし程なくして、沖縄での結婚式に参列した祖母が数日後に突然この世を去ってしまう。

国立スポーツ科学センター(JISS)でつらいリハビリを始めていたばかりの八木に、さらに追い討ちをかけた。

「おばあちゃんが亡くなったときは本当にきつかった……。普段なら毎日の練習で気を紛らわすことができましたけど、何もすることができず吐口もなかった」

肉体的にも、精神的にもかなり追い込まれ形容し難いほどの悲痛な思いをした。

そんな状況でも、強い気持ちで前を向き、復帰に向けてリハビリに取り組んだ。

「あっちではみんながケガしている状況。同じ境遇の人たちばかりなので、話も合いますし、そんなにつらくなることもなく過ごせたのはJISSのおかげです。いろいろな競技の選手と仲良くなりました」

ケガをした当初は、「1日でも早く復帰してあわよくば8月のAFCフットサルクラブ選手権に間に合わそう」と思っていたが手術が決まり「これは時間がかかるな」と感じた。そのため逆に焦りはなく、1月のプレーオフに照準を合わせてゆっくり治していこうという考えになった。

8月上旬、クラブ選手権へと臨む前のトップチームの練習に八木は合流した。まだ痛みを抱えていたため、最初はウォーミングアップのペラドンやロンドといった軽めの練習メニューに参加し、復帰へ向けて少しずつ取り組んだ。

しかし膝はドリブラーである八木にとって生命線。以前の感覚とのギャップに苦しんだ。

「ケガをする前のプレーは頭に残っているのですが、右足が出てこないとかイメージのズレがあった。そこはもう、今の自分に合わせていかないといけませんでした」

そんな中クラブ選手権で優勝を果たしたトップチームが帰国し、大会から中5日で臨んだリーグ戦で星龍太が負傷。ベンチの枠に空きができたことで八木が急遽、翌週、8月31日に行われるボアルース長野戦に帯同。そこで約5カ月ぶりに実戦復帰を果たす。

この記事は有料会員限定記事です。
会員登録と定期購読手続きが完了すると続きをお読みいただけます。

下記ボタンより会員登録、登録済みのお客様はログインしてください。

SHARE:

twitter

facebook

TAGs: